僕がライトノベルを嫌いな理由
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僕はライトノベルが好きじゃない。しかし、ライトノベルと普通の小説との一線がどこに引かれているのかというと言われると返答に窮する。そこで、なんでライトノベルが嫌いかと考えたら、結局のところ、「ライトノベルが」、じゃなくて、ライトノベルを書くような、売るような、買うような、読むような、そういう「根性」が嫌いなのだと気づいた。
はっきり言っちゃうが、ライトノベルなんて、無責任で逃避的で都合のいい夢想的、自慰的快楽によって成っているものだ。というか、そういう作品は、別にライトノベルと呼ばれなくとも、ざらにあるわけで、結局、そういう作品が嫌いというのが正確なところになるのかもしれないが。
そういう作品が悪いとは言わない。漫画だってそうだからな。
ただ、そういうものを、そうじゃない、これは素晴らしいもの、考えさせられるものなのだと牽強付会している連中が昨今たくさんいるようなので、ちょっとひとこと言いたくなるのだ。
つまり作品の内容はどうとでもないのだ。そこにそれがあるなら、それはそれ以上のものでもそれ以下のものもない。ただ、そういうものを生む、読むという精神性の問題となると話は別になる。で、実は、作品というのは、内容よりも、この精神性のほうが内容より、というか、内容として重要なのではないかと思うのだ。その精神性そのもの、あるいは、その精神性が他者の精神性に巻きおこすもの、そういうドラマというか劇場的な一体性。それこそが問題であって、むしろ真に内容と呼ばれるべきもののような気がする。
平明に言うと、無責任な作品には無責任な読者がつき、すなわち無責任な世界がそこに出現するということだ。無責任な作品は無責任な読者をつくると言ってもいい。いかにも深遠なテーマをあつかっているふりをしながら本質的なところからは逃げている作品には、深遠なテーマにふれているという自己満足だけを味わいつつ本質的な問題からは逃げていたいファンがつくのである。以下、すべて、作品の精神性は、鑑賞者の精神性にほとんど外れなく照応している。そして現実の世界もそのような色に変わるのである。そこには責任をもってくだらない作品を味わっているという真摯(というのも変な言い方だが)な態度がない。
つまり、どうしてそのような作品を作るのかという動機というのは非常に重要要素で、その動機の精神性によって作品の高低というのは決まる。作品の良し悪しでなく、高低などというと、「作品に高いも低いもない」なんてやからが現れそうだが、これは平等主義をすべてに適応させて自分が堕落したことまで不問にしてしまおうとたくらむ現代人の悪癖にしかすぎない。それで金をもうけたいという作品があれば、集まってくるのは、同等に金を払って楽しむことで人生にもうけものをしたいという連中ばかりとなる。そうなるに決まっているのである。
動機が重要。これは日常生活でもよく見られることで、言っていること自体は正論なのだが、あきらかに相手をやりこめてやろうとその引っ張り出してきた正論に固執する人がいる。これなども、言っている内容より、そういうことを言う動機のほうが問題点なのであり、実際に内容と呼べるものなのである。
自分の欲望を書くのはいい。いや、それが出発点だろう。しかし、そのような欲望が現実には満たされないから書くのであって、そうであれば、現実にはなぜ満たされないのかという問題点も、書くという行為には必ずつきまとうはずである。それが総合的な人間というものだ。そしてその総合性が欠けている作品は絶対に真に感動的な充実した作品にはならないのは当然である。そして、ライトノベルは(ライトノベルばかり槍玉にあげてしまっているが)それが欠けているのである。すべてが向こう岸に行ってしまっている。向こう岸で成立している。僕が思う傑作というのは、向こう岸とこちら側の中間、いや、向こう岸もこちら側もとりこんで成立している作品なのだ。さらに言い換えれば、それは向こう岸を向こう岸にしてしまっている川の激流に橋をかける工事のドラマチックさ、力強さ、チャレンジ精神、それがすばらしいとでもいおうか。
結局は、創作だけでなく、生きるということも同じことだと思う。向こう側とこちら側に橋かけるドラマ。向こう側をこちら側を人がいつでも行き来できるように、つまり向こう側とこちら側を同じにしてしまおうとするドラマ。皆はこちら側だけが、人生だと思っているが。
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僕がライトノベルを嫌いな理由 千歳アキラの日記/ウェブリブログ
海外の人に日本のアニメでお勧めは?と聞かれた時・・・
全53話。
この熱さに俺のオイルが沸騰してしまう、そんなアニメです。
萌えアニメの多いこの時代。
大人になって何かに萌えるということはあっても、何かに燃える、と言うことは少なくなってきましたね・・・
そんなスレた大人。
頑張ることがかっこ悪いという風潮にグサっと刺さるのがこのアニメ。
だいたいの話が一話完結で見やすい。アンパンマン的な勧善懲悪の連続なんだけど、しっかりとした仲間の成長や絆や敵リーガーの気持ちのありかたが変わっていく仮定があり、無駄な話が一つもないのがポイントである。
キャラがたっていて、イキイキと動いているのも好印象。
きっと誰でも好きになること間違いなし!
今までたくさんのアニメを見てきたけれどこれほど、ダイレクトに作品の想い・情熱・メッセージが伝わってくるのは凄い!正直驚愕してしまうほどのポテンシャル。
・売れるのが正義
・ムリヤリな引き延ばし展開
・利権や労働との差し引きによる苦悩
・臭すぎてやってられない
・世間の要望
・汚い大人の事情
・視聴者の裏をかこうとして・・・というしがらみ
・テコ入れによるギャグやエロ
こういった作品の軸のぶれ、環境変化にの嘆きが、この作品まっっっっったく見えない。
むしろこのアイアンリーガーから感じるのはそういった現実の悪意や卑劣さと正面からぶつっかて行くという、ゆがみねぇ真っ白な想いが伝わってくる。
海外の人に日本のアニメでお勧めは?と聞かれた時胸を張ってこれを進めたいと思う作品。
是非、道徳の授業の際に使って欲しい!
(出典: anikore.jp)
(出典: amazon.co.jp)
人物描写に凝りすぎて内容スカスカ
凝りすぎといってもどっかで見たようなステレオタイプ。
綾波と長門を例えに出すまでもないよね。
つまんねー題材(超電磁砲だってよ)
今のアニメに思うこと:
・キャラの顔が死んだように無表情、画一的でみなサイボーグに見えるww
・絵の動きがギクシャクして口だけパクパクしている。まるで金魚w
・リアル世界とかけ離れ過ぎたくだらないキャラ、設定w
・人物描写ばかりに重きを置き肝心なストーリーが支離滅裂ww
・ストーリー展開に一貫性がないので見ていて疲れるw
・単なる作者のオナニーで視聴者に対するメッセージ、問題提起がないww
なにその変なベレーまがいの帽子?流行ってんの?
投稿画像
(出典: Yahoo! Japan)
4クール形態の作品が多かったですから、物語は完結しましたし、内容に深みが出ていたと思います。
最近は1クール12話構成か、長くて24話構成が多いですので、あまり深い人間関係は描けないですね。
そして水着や温泉の回を入れ、女性の体を見せるような展開はNGアニメの仲間入りです。
ただし、逆に言うと、映像化される作品数が増えるというメリットもあります。より多くの作家さんが機会を得て、アニメで受け入れられるなどです。これについては評価出来る事だと思います。
私の個人的意見を言うと、12話でも24話でも「話が完結」しないアニメにはあまり興味は湧きません。
12話構成の部分アニメ化は視聴する事はあっても、ソフトの購入まで考える事はありませんし、最終回を見ていないうちからブルーレイなどは購入しません。
富野作品も押井作品も、TV放送、映画などで、最後まで描かれているので、「見た」という実感がわくと思います。
現在の1もしくは2クール形態の表現方法では、両監督の活躍出来る場はもう映画作品しか無いでしょう。
業界の潮流が変ってしまったのです。
全24話で完結するはずのシュタインズゲートも、面白いとは感じられないですか?
ベースはゲームですが、頑張って作っている作品として、私が今一押しの作品なのですが・・・
(出典: Yahoo! Japan)
実は私は現在高3、大学受験生なのですが、感動を押し付けたり、萌えばかりで含みのないアニメが存在している現状がどうにも納得いかず、アニメ業界自体を改変したいという馬鹿馬鹿しいことを考え、経済学や心理学の学べる学校を希望しています。
萌えアニメの客層として一番利用されてきた世代である我々こそが、今立ち上がるべきだと、私は思います。
駄文乱文失礼しました
(出典: Yahoo! Japan)
最近のアニメってただの「出来事の羅列」でしかない
2012年09月08日
アニメ
3コメ
1: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/08(土) 00:43:11.28 ID:YFn8cTMd0
ある一貫したテーマを描写するために出来事があるんじゃなくて
ただキャラが何かしてるのを描いてるだけって感じ
3: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2012/09/08(土) 00:44:34.17 ID:5fySPsNW0
基本完結しないからな
>>
>>9
ある一貫したテーマに沿った出来事の羅列ね
最近のはただの出来事でしかない
>>>
「自分と他の誰かは違う」「自分が感じたことを他人も感じるとは限らない」
そんな当たり前のことをまだ実感できてない人間が多い、まぁ中高生も多いんだろうし、その年齢なら仕方のないことだが
「売れてる」ってことは誰かを満足させられてるってこと、このことを軽視できる人間は他者より自分に重きを置く傲慢な人間か、あるいは未熟な人間だ
(出典: landcell.net)
(出典: blog.livedoor.jp)
声優への必須条件
最近、個性のない新人が多いなぁって感じるのは、おそらく技術を重視するあまり、
作品の理解力がおろそかになっているからでしょう。20年ぐらい前の新人声優は、下手だけどおもしろい連中がいた。
今の時代は、優秀で才能がある人が多い。けれども個性がないのです。誰がどの声なのか、分かりにくい。
だから皆さんには、ぜひ、理解力を学校で身につけてほしい。
金太郎飴みたいな薄っぺらの、没個性の声優にならないための、必須条件かもしれません。
真意の伝わる演技
滑舌に関して言えば、自分は下手な方です。
長年、役者や声優をやっていると、役者というのは「言葉を壊す」職業なのだなあと、つくづく思います。
例えば、「ばかやろう」という言葉。滑舌よく「ば・か・や・ろ・う」って言うより、
「ばっきゃろー」って言った方が伝わりやすい。
発声や発音はもちろん大切ですが、私は「音の色」や「勢い」の方を重視しています。
こういうと難しいかもしれませんが、つまり、「発音や発声が壊れていても真意が伝わる、これがいい演技」ということです。
だから「こ・の・や・ろ・う」じゃなくて、「このやろー」「こんにゃろ」「んなろー」とかね。
僕はよい滑舌、正しい発音というのは、写真で例えると、フィルムの入れ方や取り出し方、
シャッターの押し方、その類だと思います。つまり技術であって、それをベースにしながら、どう撮るか、
何を撮るか、いつ撮るか、を考えることが必要です。それがなければ、作品(この場合、写真ですね)は成立しません 。
http://seigura.com/senior/road/road_detail/tabid/73/pdid/nagai01/Default.aspx
中高生向けコンテスト「声優魂」のシナリオ部門審査員発表 山本寛さん、山下卓さんら
http://animeanime.jp/article/2013/02/07/12928.html
>>
たしかに若い女性声優は全体的に一昔前の新人くらべて上手くなってるけど、
可愛いだけで、どれも同じ声に聞こえちゃうんだよな。練習で上手くなりました!って感じ。
個性ある若い人も沢山いるんだろうけど、使いどころないのか目立たない。
でも中堅男性声優の層は厚くなってきてると思う。
(出典: shimasoku.com)
昔は(良くも悪くも)個性の少ない声は洋画系で、アニメはもっと一線を(良くも悪くも)越えたものだったのに。
俳優やお笑いに声優の仕事が取られるのも、昔は非難してたけど、最近ではしょうがないんじゃないかという気がしてきます。
>>
そういえば前に、(ドラゴンボールのクリリン役などでおなじみの)田中真弓さんがそんなこと言ってました。
NHKのBSだったかな。
現場で普通に仕事しようとすると、どうしても「類型の演技」というのを
求められるんだそうです。つまり、おばあちゃんならおばあちゃんらしいしゃべり方、
少年なら少年っぽいしゃべり方とか。ただ、それを続けている限りでは結局同じものしかできない。
その中にあって田中真弓さんは八奈見乗児さんを例に出して
「ボヤッキーとかは他の人が声を当てるというのがありえない、
もうあの人にしか出来ないキャラ。そういうところを目指したい」
的なことを言っていたような気がします。
1アニメファンの私個人としては、声に個性がある人が演じるキャラって
やっぱり面白いかなとは思います。うまくは説明できないですけど。
>>
林原めぐみさん、高山みなみさん・・の時代よりさらに前・・・昭和にさかのぼれば、もっと個性的な声質のアニメ声優はたくさんいましたね。
昔はアニメ声優と言えばそれが当たり前で意識もしませんでしたが、今、昔のアニメの再放送とか見ると、本当に素敵な声の方が多くてびっくりしますね。
最近はああいう個性的なタイプの声のアニメ声優さんはほぼ見なくなりました。声優に求められているものが昔とは違うのかもしれません。アキバ系オタクに受ける大昔の清純派アイドルみたいなルックスで、声は‘いかにもそっち系(美少女とか)’・・なら、とりたてて独自性や技能なんてなくても、声優にはなれてしまうのではないでしょうか。
自身の個性や能力を生かす事を期待したり、『表現者』という視点から下手に高い意識を持っていたりすると、むしろ辛い業界かもしれません。期待外れに終わるかと思います。
この回答へのお礼
(出典: oshiete.goo.ne.jp)